沈む

ぶくぶく なんて音もなく
ひたすらに沈む
一ミリずつ でも確実に

カーテン一枚で隔てられた
四つの孤独な水槽

言葉にならない孤独の声が
あぶくになって消えてゆく

その中の孤独が触れあうことは
めったにないけれど

 

耳を澄ますと隣の水槽にも
言葉にならないあぶく

時にそれは愛や喜びで
時にそれはかなしみやくるしみで

天井をゆらゆらと漂いながら
微かに煌めいている

その美しいあぶくを
かき消してしまわぬように
今日もそっと息を潜めよう

(『汀の虹』一.深淵より)


今から15年前、高校3年生の春。
誰よりも尊敬していた祖父が脳出血で倒れ、
寝たきりなり、表現する自由を失いました。

入院中の祖父の横で手を握り、
初めてじっと身を置いた病室という空間。

呼吸や機器の音だけが静かに響き、
青みがかったかなしみに満ちたその空間は、
海の中のようでした。

その静かで孤独な海の中で、
言葉にできない祖父の記憶は、
どんどん記憶の奥底へと沈んでゆく。

言葉にならない私の想いは、
吐く息とともにあぶくになって消えてゆく。

交わすことのできない想い、届かない心。
その現実を見つめ、耳を澄まし、
後悔を飲み込んだあの海の記憶は、
ずっと忘れることができませんでした。

 

それから12年が経ち、
がん患者として沈んだ病室のベッド。

カーテン一枚で隔てられた孤独な空間は、
海ではなく、水槽でした。

同室の患者も、それぞれが孤独。
面会に訪れる家族も、それぞれが孤独。

あの空間で息を潜めながら、
見つめ続けた美しいあぶく。
言葉ないならない孤独の声。

それをかき消さぬように、
あつめて見つめ直したい。

そんな想いから、
『汀の虹』を綴じたのかもしれません。